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【ボートレース】かつて存在や計画・移転された幻の競艇場まとめ!

【ボートレース】かつて存在や計画・移転された幻の競艇場まとめ!

本記事では、過去数十年間で、かつて存在していたものの撤去されてしまったものや、計画はされたものの実現しなかった幻の競艇場、移転することとなった競艇場をまとめました!

競艇の歴史を知ることで、より現在の競艇も楽しむことができますよ!

目次

かつて存在した競艇場

狭山競走場

昔の狭山競艇場の風景
昔の狭山競艇場の風景
  • 場所:大阪府南河内郡狭山町
  • オープン日:1952年9月5日
  • 閉鎖日:1956年4月10日
  • 当時の主催:南海電気鉄道

当時の狭山町にあった、さやま遊園という閉園後の遊園地施設を利用してオープンされた競艇場です!

元々立地があまり良くなく、開演後は入場・売り上げが不調だったとのこと。

それ加え、夏は干ばつしてしまったことでレースができなくなり、1956年に閉鎖されてしまいました。

ちなみにこんな主要施設がありましたよ!

  • スタンド(3,000人収容)
  • 立ち見席(5,000人収容)
  • 投票所、払戻所
  • 格納庫、選手宿舎
  • 食堂、売店

狭山競走場は閉鎖されたのち、大阪市住吉区(現・住之江区)の住之江競艇場へ移転されました!

ちなみに、狭山競走場が建てられた時には閉園していたさやま遊園は、1959年には南海観光開発会社が経営を再開するも、USJなどのテーマパークの進出により、2000年4月1日をもって閉園してしまいました。

狭山池博物館というところに行くと当時の競艇の写真も見られるようだ!

半田競艇場

昔の半田競艇場の風景
昔の半田競艇場の風景
  • 場所:愛知県半田市
  • オープン日:1953年3月25日
  • 閉鎖日:1959年9月26日
  • 当時の主催:愛知県半田市

半田競艇場は、東海地方では津競艇場に次いで二つ目、愛知県では初の競艇場としてオープンしました!

しかし、その4ヶ月後に半田市と近くの常滑市に皆さんご存知の常滑競艇場が開設され、競合の状態となりました。

加えて、伊勢湾に台風が襲いかかってきたことにより、ほとんどの施設が損壊してしまい復旧不可能なレベルまで追いやられたとのことです。

それにより1959年には閉鎖されることになりました。

半田市はどれだけついていないんだ…。

台風が襲った後の半田競艇場
台風が襲った後の半田競艇場

そうして半田市は単独でレース開催をすることはできなくなってしまいましたが、施行権は保持しており、今でも常滑競艇場で月2回程度は、半田市が主催のレースが行われているのです!

そのおかげで、令和2年度のボートレースの事業収入は3千万円以上の収入があり、それは子育て支援に関する事業の財源となっているようです。

半田市はしっかりしてますね〜!

転んでもただじゃ起き上がらない!

そんなに稼いでるなら少し分けてください…な〜んて……。

開催する側はしっかりとビジネスとして考えなければならないからな!

大森競艇場

昔の大森競艇場の風景
昔の大森競艇場の風景
  • 場所:東京都大田区平和島
  • オープン日:1954年6月5日
  • 閉鎖日:1957年(この年に平和島競走場に改称)
  • 当時の主催:東京都

大森競艇場は東京都主催で1954年に初めてレースが開催されました!

しかしなかなか売り上げが伸びなかったため、1年後にはすでに都営による開催が中止され、府中市主催による開催になりました。

その後の1957年には平和島競走場と改称され、その後は一度相模湖モーターボート競走組合という神奈川の4つの町も加わって主催が行われるも、結局2004年に抜けたことで、現在は府中市のみでの開催になっているようです!

現在の平和島競艇場の風景
現在の平和島競艇場の風景

ちなみに東京都は売り上げが伸びずに手放したとの事でしたが、現在平和島の売り上げは全24競艇場の中で毎年およそ9~10位に位置しており、2020年には812億円の売り上げを出していました!

当時は経営の継続すら難しかったのかもしれませんが、東京都はもったいないことをしましたね〜!

府中市は最後まで耐え抜いて頑張ったって感じがします!

ちなみに2020年売り上げTOPの大村は約1369億円も売り上げているぞ!

府中競艇場

現在の多摩川競艇場の風景
現在の多摩川競艇場の風景
  • 場所:東京都府中市
  • オープン日:1954年6月9日
  • 閉鎖日:1955年(この年に多摩川競艇場に改称)
  • 当時の主催:青梅市、東京都四市競艇事業組合

元々多摩川の砂利採掘場であった場所が転用されたのがこの府中競艇場です!

「府中」とありますが、平和島とは違って府中は施行に一切関与しておりません!

当時は西武建設株式会社が府中競艇場という名前で運営していましたが、その翌年に多摩川競艇場に改称されました。

この改称理由は調査してみても明らかにはできませんでした。

ちなみに2010年からは多摩川開発株式会社が所有することになり、その時からBOAT RACE多摩川という名前に変更され、2015年から現在は多摩川ボートレース場という名称で運営されています!

阿左美沼競艇場

現在の桐生競艇場の風景
現在の桐生競艇場の風景
  • 場所:群馬県みどり市
  • オープン日:1956年
  • 閉鎖日:不明
  • 当時の主催:桐生市

現在は桐生ボートレース場として親しまれていますが、初めて開場した際には阿左美沼 (あざみぬま)競艇場という名前でした!

阿左美沼はみどり市にある沼の名前であり、桐生ボートレース場はこの沼を利用して開催されていたのです!

初めは桐生市が施行していましたが、経営不振によって2003年からはみどり市が施行の担当を行うことになりました。

なぜ阿左美沼競艇場から名前が変更されたのかの経緯は、調査してみましたが明らかにできませんでした。

現在の阿左美沼の風景
現在の阿左美沼の風景

ちなみに阿左美沼はゴミが多く、水も汚いそうですが、バスが釣れるようで釣り人にとっては格好の場所のようですね!

桐生は最も北にある競艇場だが、全国の中でも最も開場が遅かったそうだ!

計画だけの競艇場

我孫子市

昔の手賀沼の風景
昔の手賀沼の風景
  • 場所:千葉県我孫子市
  • 計画日:1951年
  • 計画断念日:1956年

我孫子市は千葉県の北西に位置する市です。

もともと、我孫子町時代の手賀沼付近は、神奈川県の鎌倉と肩を並べるほどの年に成長していましたが、手賀沼の水質が悪化してきたことを発端に人気がなくなっていきました。

その折、1951年に手賀沼周辺の活性化策として、競艇場の建設計画が立ち上がりました。

しかし町内では、「競艇場によって治安が悪くなる」「ゴミなどでさらに水質が悪化する」などの反対意見もあったのです。

そして1956年の町長選で反対派が当選して競艇場の計画は撤回となりました。

手賀沼ディズニーランドの計画
手賀沼ディズニーランドの計画

ちなみに、その後の手賀沼は、競艇場は作らないものの、新たな振興策として東京五輪のボート競技会場として名乗りをあげるも、あっさりと戸田に破れます。

そんな中でディズニーランドの誘致計画が浮上し、我孫子町は全力をあげて取り組むも、最終的には水質悪化の件が千葉県議会で持ち上がり、その計画も断念となってしまったのです!

五輪誘致もディズニー誘致も失敗とは、、、ついてないですね…。

これだけ聞くと、我孫子はなんとも可哀想だな…

相模湖

現在の相模湖の風景
現在の相模湖の風景
  • 場所:神奈川県津久井郡
  • 計画日:1954年
  • 計画断念日:不明

1954年に「相模湖モーターボート競走組合」が結成され、競艇場建設を進めたものの工事が遅延して結局建設が断念されました。

その後は、平和島競艇場にて一部のレースを開催することになりましたが、2005年にはその権限も府中市に引き継がれることで競走組合は解散となり、平和島競艇の全レースは府中市が主催しています。

三笠市

現在の桂沢湖
現在の桂沢湖
  • 場所:北海道三笠市桂沢湖周辺
  • 計画日:1985年
  • 計画断念日:1991年

1985年に総工費300億円による建設計画が持ち上がりました。

ここで重要なポイントになるのが、昭和33年の閣議了解事項というものがあり、実は「公営競技所の今後の新設を一切認めない」という決まりがありました。

とはいえ、この時に三笠市付近の炭鉱が閉山することになり、街の活気がなくなることが懸念されており、議論は難航したようです。

しかし、最終的には市議会で誘致中止が決議され断念することになりました。

北海道に競艇場があったら、盛り上がり方も変わってきそうなのに残念だな…。

古川市

現在の化女沼の風景
現在の化女沼の風景
  • 場所:宮城県古川市(現・大崎市)
  • 計画日:不明
  • 計画断念日:不明

宮城県古川市では化女沼(けじょぬま)という場所に競艇場建設の話があったといいます。

これは2007年の大崎市での会議の報告書で公表されていることですが、詳しいことは調査しても明らかにできませんでした。

化女沼で語り継がれる照夜姫という女性の像
化女沼で語り継がれる照夜姫という女性の像

ちなみに化女沼には、昔綺麗な女性がその沼に身を投げたという不思議な話が残っているそうです。

詳しく知りたい方はこちらのページからご覧ください。

こういう不思議な話って本当面白いですよね!

やはりどこの市も活性化に苦労しているのが伝わってくるな!

移転した競艇場

浜名湖競艇場

  • 元々の場所:静岡県浜名郡舞阪町
  • 新しい場所:静岡県湖西市

もともとあった競艇場のレースコース近くには航路があり、漁船や遊覧船などの通行が頻繁にあったり、浜名湖特有の流砂の障害があることで、コースを深くまで作り、それを維持することが困難な状態が続いていました。

それにより1968年3月のレースを最後に、現在の競艇場へ場所を移すこととなったようです!

三国競艇場

  • 元々の場所:福井県坂井郡三国町
  • 新しい場所:福井県坂井市

もともと九頭竜川という川の河口の河川敷地にあったものの、1966年に九頭竜川が一級河川に昇格することとなり、建設省より撤去移設を指示されました。

それにより1968年6月のレースを最後に、現在の競艇場へ場所を移すこととなったようです!

移転するだけでも莫大な費用がかかりそうですが大丈夫なんですかね…。

芦屋競艇場

  • 元々の場所:福岡県遠賀郡芦屋町
  • 新しい場所:同上

元は遠賀川の河口付近にあったものの、三国競艇場と同じく1966年に遠賀川が一級河川に昇格し、撤去移設となりました。

津競艇場

  • 元々の場所:三重県津市
  • 新しい場所:同上

岩田川の河口にあったものの、漁船が通ったり、干潮浮遊物など種々の問題、ファンの増加に伴って会場が狭くなってきたことなどが理由となり、現在の場所へ撤去移設となりました。

唐津競艇場

  • 元々の場所:佐賀県唐津市
  • 新しい場所:同上

松浦川の河口にあったものの、市街地に隣接していたことで、施設が狭く、騒音や交通渋滞の問題があったため、昭和1965年代中頃から移転計画が進められ、現在の場所に移ったようです。

河口付近に存在していた競艇場は軒並み移転がすすめられていたようだな。

まとめ:これまでには撤去されたり計画だけされた競艇場がたくさんあった!

これまでに沢山の競艇場が作られて撤去されて、計画されては断念されるような歴史があることがわかりました!

その背景として多いのは、やはり地方の振興策の一つとして競艇場を作るか否か、というところに焦点が当てられているところが多いですね!

個人的には北海道に競艇場が作られていたら、今の競艇界はどう変わっていたんだろうという妄想が広がります…。

北海道出身のレーサーも増えて多様性も広がりますよね〜!

とはいえ、競艇場の新設は原則できないようなのでここは妄想だけに留めておきます…。

ふみきりくん
ふみきりくん
根は真面目でギャンブルなんてやったことない人生だったが、知り合いに競艇を勧められて一気にどハマりした。
一攫千金を夢見て、日々競艇を勉強する毎日!
今はもうお金しか見えていない。

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